とても気持ちの良い天気ですね〜。

やっぱり、天気が良いと気分も晴れやかになります。
今日は、スポーツクラブで、「おなか体操」と自転車こぎ20分をして、たくさん汗をかきました。気持ちよかったです〜!

■肢体不自由児との関わりについて思うこと
私が、初めて肢体不自由養護学校に勤務した時に感じたことを今日は書こうと思います。
重度重複障害児と言われている「移動不可」「言語によるコミュニケーション不可」の児童と関わっていた時に、常に思っていたことは、一緒にいる人が、児童・生徒の気持ちを代弁しすぎてはいないか、ということです。確かに、大人を介しての子ども同士の関わりは大事で、それがなくては学校生活は成立しないと思うのですが。一緒に居続けることで「〜なんだろうな」ということは、強く思うようになります。でも、それでも、忘れてはならないのは、「絶対この子は〜だと言っている」という断言をしてはならないし、そう思ってはいけないと頭に置いておくことだと思います。
健常児と障害児は、その点だいぶ違います。健常の赤ちゃんと接する時には、そのようなことは一切考えません。月日を重ねるごとに成長し、コミュニケーションとしての「言語」も獲得していきます。
重度の障害児は、知的に遅れがあった場合、コミュニケーションとしての「言語」の獲得が遅れるか、難しいです。それでも、成長はし続けているのです。そのためには、「言語」以外のコミュニケーションの獲得方法を探り続けるべきだと思います。様々な機器も開発されています。しかし、実際に全体的に養護学校では、この点にポイントをおいているとは思えないのです。なぜなら、私は、大学での臨床の経験から、個別指導の重要性を学んできました。どのような障害のある子どもにも、個別指導が必要で、そこからコミュニケーション能力を発見・獲得していくと思っていました。けれど、勤務をした学校では、「個別指導」の時間がなく、(中学部・高等部にはあります)「集団での指導から子どもを伸ばしていく」と言われて、愕然としたのが印象的だからです。
私の場合、その後一緒に組んだ先生方に恵まれ、また、教育課程の変更による個別の時間の確保をすることができましたが、まだまだ養護学校では、いろいろな問題点が残り、きちんとした個別指導の確保は難しいです。

おちついた日だったので、感じていたことをつれづれ書いてみました。次は、東京都の「自立活動」についての意見を書きたいなあと思います。